goo
Wikipedia記事検索
ネパール
5.政治
5.5.外交
ネパールの外交の基本方針は非同盟中立である。また、隣国のインド中国と深い関係を持っている。条約により、インドとネパールの国民はビザなし、パスポートなしで両国を行き来できる。また、ネパール国民はインドで自由に働くことができる。このようにネパールとインドが密接な関係を持っているにもかかわらず、ネパールはしばしば、問題の多い中印関係に翻弄されてきた。
最近中国は、中国のチベット政策に対する抗議活動を抑圧するようネパールに要請した。2008年4月17日、ネパール警察は、中国との良好な関係を維持するため500人以上のチベット人の活動家を逮捕した。
8月15日選出されたプラチャンダ首相は、最初の外遊として北京オリンピック閉会式への参加という形で訪中し、胡錦濤国家主席温家宝首相と会談している(注1)。慣例ではネパール首相が最初に訪れる外国はインドであり、異例の外交といえる。
アメリカは長年、毛派をテロ集団と位置づけ、国王を援助してきたが、民主的な選挙で第一党となったことで、友好的な態度に変わった。
日本とネパールの関係は現在良好である。要点は次の通りである。
1. 経済援助額はイギリスについで世界第二位である。

2. 国連の停戦監視団に6名の自衛官を派遣している。

3. 制憲議会選挙に選挙監視団を派遣している。

2007年10月10日には来日したサハナ・プラダン外相と日本の高村正彦外相が公式に会談した。プラダン外相は日本による投票箱の供与や国連監視団の協力に感謝し、日本の国連常任理事国入りを支持した。(プラダンは国連総会でも日本の常任理事国入りを支持する演説を行っている。)(注2)
また、毛沢東派のプラチャンダ議長は政権就任前、日本にガジュレル政治局員を非公式に派遣した。ガジュレルは、日本・ネパール友好議員連盟会長の二階俊博衆議院議員や当時の木村仁外務副大臣と会談し、また、共同通信のインタビューも受けている(注3)
2008年7月16日には日本から宇野治外務大臣政務官がネパールを訪問、当時のギリジャ・プラサド・コイララ首相のほか、毛派のプラチャンダ議長ら、各党の幹部と個別に会談した。制憲議会発足後初めての要人訪問である(注4)
また、8月中旬、ネパール統一共産党前総書記のマダブ・クマル・ネパール副首相(現・首相)が来日している。
2008年8月22日プラチャンダ内閣外務大臣としてマデシ人権フォーラム党首ウペンドラ・ヤーダブが就任した。
2009年2月6日プラチャンダ内閣の閣僚として初めてバブラム・バッタライ財務大臣が来日した。(注5)
2009年6月4日マダブ・クマル・ネパール内閣外務大臣として、ネパール会議派所属のスジャータ・コイララ(女性)が就任した。 (注6)
2009年6月4日現在の日本のネパール駐箚特命全権大使は水野達夫、ネパールの日本駐箚特命全権大使はガネシュ・ヨンザン・タマンである。

1.Reuters Aug.19 2008
 http://uk.reuters.com/article/worldNews/idUKDEL14374320080819
2.外務省:高村外務大臣とプラダン・ネパール外務大臣の会談について
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/h19/10/1175724_814.html
3.共同通信2008年6月18日 16:20
4.http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/seimu/uno/nepal_08/gaiyo.html
5.http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/21/2/1187504_1092.html
6.Nepalnews.com 2009年6月4日付け
 http://www.nepalnews.com/archive/2009/jun/jun04/news06.php

伊藤直人 |自動車保険
[4]前ページ
(5.4.行政機構)
[6]次ページ
(6.軍事)
目次に戻る
出典:Wikipedia
2009/12/28 10:30
松田一沙 |着ボイス
「ネパール」をもっと検索
携帯サイトを探す
画像を探す
動画を探す
厳選サイトを探す
商品を探す
いま読まれている記事
HyperTransport|大國酒造|バーライター|武田秀雄|ネパール
注目サイト
美容|懸賞|病院|資格
求人|悩み|ショッピング|クルマ|>>
上に戻る
[9]Wikipedia記事検索トップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant